取手みらいねっと
50歳を過ぎて自分が住んでいる地域やそこに生きる人々との交流などを通じて、もう一度自分自身の過去や未来を見つめていきたい。その一助としてブログを通じた情報交流をしてみたい。

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上野のまち

久しぶりに上野のアメ横

    に行ってきました



 今日はあまりリサーチなど考えずに、ただ上野で飲みたいと思ったのですが、いつもの悪い癖が出て結局リサーチをしてしまいました。


 あまり時間がないので(行きつけのお店が早く閉まってしまうので)、取り合えず「知音」のお店と、フーズセンターのお店を冷やかして来ました。

 フーズセンターでは、チョットチャーミングな女の子がジャワカレーのパウダーを一生懸命選んでいました。

 曰く”これ両方ともココナッツミルクが入っていると書いていあるけど、どこが違うの?”おじさん曰く”やっ大して代わらないと思うよ。でもあの人たちは結構両方買っていくよ”

 つい引き込まれて私も言ってしまいました”カレーって言うけど、日本のとは違うんじゃない?”おじさん曰く”そうだよね、まあっ日本の味噌汁みたいなものなんだから”おじさんと二入でわっはっは!と笑っていました。

 そこで私も本題に入って、”ねえ、このベトナムの米の麺とタイのこの麺とどっちがおいしいの?

 ”おじさん曰く”ベトナムの麺は食べたけど、さぬきうどんをもっとモッチリさせた感じだね、透き通っているし”

 チャーミングな彼女曰く”このタイの麺も食べたけど同じ様な感じ”あっそうなんだ!!と言うことで、今日はタイの麺を買ってきました。(値段も安いし)

 私にとっては上野はアジアです。アジア人が生きていて、そうしたお店もあるし、なんか居心地がいいまちですね。

 ところで、こないだから仲良くなった鳥やさんがいるんですが、鴨を買って料理したいと思っていろいろ相談しています。今日言われたのが、その店は台湾の鴨なんですが、隣の店は福建の鴨なんです。”同じ鴨でも全然違うらしいよ、料理の仕方も違うみたいだし”といわれてしまいました。今度はその辺を良く調べて行きますと言って、帰って来ました。

 再見!!強調文
【2006/06/10 03:37】 | 日中交流 | トラックバック(0) | コメント(0)

”まちおこし研究会”(仮称)を立ち上げます

”まちおこし”研究会(仮称)を作り、み

んなで考えて行きたいと思います



 みんなといろいろ議論してきて、また県の振興公社の方たち、県中小企業団体中央会の方の助言も頂き、やはりじっくり各方面の方と研究会で議論を重ね、どうしたら中国朝鮮族の麺と取手地域の特色を生かして、特色ある冷麺や温面を商品として飲食店に提供できるか。それを飲食店のみなさんの集客力にどう役立てることができるか、こうした取組を通じてどうすればまちの活性化に一役かえるか。といったことを検討しなければならないと思います。

 取手地域は東京へのベッドタウンとして成長してきましたが、農業者も多く様々な工夫をしながら、食文化として安全でおいしい農産物を生産することに腐心している方々も多くおられます。  

 そうした方々からの協力・参加も得ておいしくて、安く、体にも自然にもやさしい食品を提供していく道を探り、それが取手地域のブランドとして定着していく道を探って行きたいと思います。  

 各方面の方々の努力が報われる道をなんとか見つけたいと思います。

 幸い、こうした考えに共感していただける方々も多く(どうできるかは心配されていますが)みんなの知恵と情熱で何とか実現にこぎつけるのではないかという思いが強くなってきました。  


中国延辺でも応援団が増えてきました  


 中国の吉林省延吉市に住む友人も協力と「研究会」への参加を快く承諾してくれましたし、彼女から私たちの試みを聞いて知っている延辺日本人会の人も応援してくれています。心強い限りです。(下の写真が5月13日に行われた延辺日本人会のハイキングの記念写真です。

5月13日の延辺日本人会のイベント記念写真

 

 日本人が15人程度、延辺大学の日本人留学生やその中国人の友人、日本人会をサポートしてくれている「延辺日中文化交流センター」の中国側関係者と日本語学校教師などをしている日本人等、ちなみに延吉市の友人も中国籍の朝鮮族ですが、日本語学校の教師をしています。  

 今年3月下旬に延吉を訪問した時に彼女の学校で”授業参観”させてもらいました。その時は”一生懸命”な性格からチョット”肩に力が入りすぎているな”と思いました。先日話していたら”最近は冗談も交えながら授業をしている”と言っていました。
 時々この言葉や助詞の教え方をどうすれば良いか?など質問されて私の方があたふたしたりしています。  


 参考までに(リンクは承諾済みです)  

延辺日中文化交流センター  
URL http://yanbian.fan-site.net/index.htm

(このサイトに上記”延辺日本人会のハイキングの様子や、情報が載っています)


 此処は踏ん張りどころ、じっくり腰をすえて取り組みたいと思います。  


 市内、周辺地域でも切り口は違っても、まちの活性化、振興の為にいろいろと工夫や努力をされている方々がおられます。そうした人たちとも交流し協力していければ道のりはそれほど険しくないのでは?と楽観的に考えています。  

 
 さあ!これからどうなっていくか、一つの試みとしては何かわくわくしてきました。

 再見!!
【2006/06/04 09:14】 | 日中交流 | トラックバック(0) | コメント(0)

冷麺が消えた??

アメ横から冷麺が消えた??


 昨日はチョッと別件の仕事でお昼頃に高田馬場へ!結構打ち合わせはスムースに行って(要するに私のおしゃべりが少なかったから)14時頃にはフリーになりました。m(_ _)mサボったわけではありません。
 そこで以前からの懸案事項の調査へ・・・内容はナイショです。調査に行く途中で、チョッと寄り道を(時間もあることだし)と思って、久々にアメ横に行きました。
 そこでビックリ!!
 いつも行くエスニックのお店や朝鮮族関連のものがいろいろあるお店を覗いたのですが、麺が無い!!
 おかしいですね? 冷麺用の麺がどこにも店頭に無いんです。お店の人に聞いても、何やら訳ありな顔なんですが教えてくれませんでした。それでも一応”今年は農産物の出来があまり良くないけれど、だからといって麺がなくなるとは思えない”程度のことは言っていました。どうしたんでしょうね?
 誰か知っている人がいたら”ソット”教えてくださいね(・・;


 昔のままのたたずまい


 ついでと言っては何ですが、昔懐かしいところもチョッと覗いて来ました。
 まだ、私が奥さんと結婚する前に連れて行かれた”とんかつ屋さん”を探したのです。
 家の奥さんはあまり世の中の事に左右されない感じで(私と正反対です)ブランドなんか全然関係ない!と言う人だと当時は思っていました。(世の中の事にあまり左右されないのは今も同じですが)
 ところが!?一緒に飲みに行くと(彼女はあまり飲まないのでほとんどありませんでしたが)注文するものは”何とかカクテル”などと言ったりするので当時の私はビックリギョウテンしたときもありました。
 そんな一幕で、”今日はチョット懐もあったかいし(普段はデートでも割り勘でしたが)”奢るよ!!”と気張ったところ、”じゃっ行きたい店があるんだけど”と乗ってきました。それに気を良くして鷹揚についていくと、御徒町の松屋の裏側に連れて行かれ、入ったところが”とんかつ屋さん”でした。それが、二階の座敷で、注文したのが”ひれかつ定食”私は当然ビールの中ビンも注文しました。その”ひれかつ”がまん丸のまま揚げてあるんです。分かりますか?1~2センチの厚さに切って揚げたのではなく、フィレ肉の丸い棒状のままで揚げたんですよね(これは結構技術もいるようですよ)
 そして!値段が当時の私のサイフの状態(いや生活水準)からすると目の玉が飛び出るような(チョットオオバーですが)でも、かなりのお値段でした。

 久々に近くを通ったので、チョット道をそれてその頃の界隈を歩いてみました。場所は上野広小路ですが、「上野東広小路会」と言う町会の掲示板がありました。
 その一角には昔ながらのお店が肩を寄せ合うように残っていました。地鶏焼きの「伊勢」、つくだに&つけものの「上野 大和屋」寿司の「のげ鮨」「寿司源」そして多分ここだと思ったところにそれらしいお店を発見しました。「蓬來屋」この來の字は本当は上に山が二つ乗っている古い字なんですがIMEパッドで探したのですがありませんでした。
 確かここだったと思います。午後5時以降しかやっていないので暖簾も出ていなくて確認できませんでした。

 もし近所に行く事があったら覗いてみてくださいねm(. .)m

テーマ:ひとりごと - ジャンル:ライフ

【2006/05/09 11:07】 | 日中交流 | トラックバック(0) | コメント(0)

延吉市の投資・貿易説明会

延吉市の代表団による投資・


貿易説明会



 4月19日に延吉市人民政府による「投資・貿易説明会」に行って来ました。場所は恵比寿のガーデンプレイスタワーでした。


 私は今まで数回この種の「投資説明会」に行っている経験があるのですが(だいたい省規模のもので、仕事の関係上北京周辺や上海周辺の地域の省が多かったですが)、今回の延吉の代表団には非常に好感を持ちました。
 

 なぜかと言うと、大体「説明会」に来る人はその地域の副省長クラスまでで、「説明会」では本当に説明するだけで”質問”なんか出来ないし、いざビジネスパティーで名刺交換し、質問しようとすると、大体その種の”偉い人”は出てきません。


 いろいろ聞きたいのにチャント答えて貰える人が”いない!”これではただ”資料の収集程度の意味しかない”と言った感じを受けていました。


 だから今回もあまり”期待”していませんでした。”まっ資料を得るだけでいいや”というのが私の本音でした。(交通費以外ビジネスパーティーを含めて当然タダですしね。そして大体がホテルニューオータニの大会議室で(どうも気取ったところで貧乏性の私には合いません)、パーティーもその宴会場というのが定番。


 ところが、今回はまあ市レベルということもあるかもしれませんが(しかし、延吉市は朝鮮族の延辺自治州の州都です=人口40万人=13億位の人口の中国ではごく田舎の都市ではあるのでしょうが)、規模も50人程度の会議室で、PowerPointに基づいた資料もあまりお金を掛けていない”手作り”のものでした。


 しかし、「説明」のあとにキチンと質問時間を取り、参加者(結構貿易や延吉周辺の地理、事情に通じている人が多かったです)からの率直な質問や苦情を真摯に受け止めていました。


 そして、代表団のメンバーも市共産党委員会のトップの金永黙書記がずっと参加しており、司会が市共産党委員会の李拍龍副書記でした。私はこの種の会合で”政府担当者や副責任者クラスの人には会いましたが、共産党の肩書きのそれもトップの人には会った事がなかったし、名刺など貰った事もありませんでした。


 「説明会」後の懇親会(まさに懇親会でした)では、チョット高級な”居酒屋さん”でしたが、各テーブルに代表団の人たちが居て、また懇親会の間にいろいろな代表団の人が回って来てかなり親密な話しや交流が出来ました(おかげでチョット飲みすぎました=だって彼らは強いし、すぐ”カンペイ!”と来るんですから)。党書記の方とはチョットsしか話せませんでしたが、貿易の担当部局の商務局の局長さんとは飲みながらいろいろ話せました。(また、この人もお酒が強くて、25度くらいの焼酎をストレートでガンガン飲むのでさすがの私も閉口しましたが。


 私が先月の23日~26日に延吉市に行っていたと各代表団の方たちに自己紹介のついでに言うと、”なんだ声を掛けてくれればよかったのに!”などと言われてしまいました。非常にフランクで、真面目に交流とWin Winの関係を築きながら企業誘致や貿易拡大に取り組みたいと言う熱意を感じました。


 私は田舎者のせいか、北京や上海に行っても日本にいるのと変わりないようなセカセカした感じ(まっ仕事だからしょうがないのですが)で落ち着かなかったので、延吉や周辺の延辺地域の街や農村を見ていると何か心が癒されるようで(観光でしたしね)感じで、好きになりましたが、今回の代表団と接して益々好きになってしまいました。


 みなさんも機会があったら是非いく事をお勧めします。
 そのかわり、彼の地では中国語とハングル語以外、英語の単語すら通じないので、初めての場合はやはり通訳が必要ですね。延辺大に留学している日本人もいるし、最近延辺の日本人会も出来ましたので、そうしたルートでアレンジしてもらえば多分安心ですよ。



 何かご質問等ありましたら、このブログの右上にあるプロフィールの私のメールアドレスか、この記事にコメントでお問い合わせください。
 よろしくお願いいたします。(商売ではないので、私の持っている情報は提供いたしますので)
【2006/04/22 12:26】 | 日中交流 | トラックバック(0) | コメント(0)

非戦・不再戦について

非戦・不再戦について



 先月延吉に行って、友人に長白山に案内してもらうマイクロバスの車窓から沢山の碑=抗日運動で日本軍に殺された人々を慰霊しているもの=を教えてもらい、自分の目で見て、つくづくと日本が冒した罪を感じました。



 私たちが今、平和や非戦或いは不再戦ということを真剣に考えることが本当の意味で日本人と中国人との信頼関係を築く基になるのではないかと実感しました。



 そんなことを考えていたら、チョット前に読んだ本を思い出しました。


坂本龍一というミュージシャンでイベントなどの総合企画なども手がけ、自身のライブをインターネットで世界同時に放送するなど大変意欲的な活動をしている方です。現在はニューヨーク在住だったと思います。


 坂本龍一監修 「非戦」という本です。以下この本の内容を紹介したいと思います。(2002年1月10日 第1刷 発行)



 「非戦」-sustainability for peace


戦争が答えではない。

全世界が切望する「希望ある未来」のために、戦争という暴力は認められない。

世界の深い亀裂を埋める平和の種子を集めた一冊



 (表紙をめくるといきなり次の文章が目にとびこんできます。)




しかし、もっと大事なことは、

「人を殺すな」

「生き物を殺すな」

ということです。




人を殺すテロや戦争、

生物を殺す環境破壊、

次世代を苦しめる債務や金融システム、




これらを、

どう「希望」へと変えていくか、です。




そして幾つかの写真があり




WAR

IS

OVER!



IF YOU WANT IT




HAPPY Christmas John & Yoko




というビートルズのジョン・レノンと彼と結婚した小野ヨウコのメッセージポスターです。




そして次にバーバラ・リーのメッセージ付の2001年9月14日(同時多発テロの4日後)のアメリカ連邦下院議会でのイランに対して「下院でブッシュ大統領に武力行使を認める決議」にただ一人反対した下院議会での演説が載っています。

 著作権侵害にはならないと思いますので、メッセージと演説の全文をここに引用します。




 【バーバラ・リー氏の「非戦」へのメッセージ】
この「非戦」はとても重要な本だと思います。

わたくしはいつも日本の平和憲法に

心からの敬意を抱いてまいりました。

地球全体の平和と公正のために共に力を尽くしましょう。





2001年11月20日         

                      友として

                     バーバラ・リー




バーバラ・リー アメリカ連邦下院議会での”たった一人の”反対演説




 議長-

 私は今日、ニューヨーク(WTC=世界貿易センタービル)とヴァージニア(ペンタゴン)とペンシルバニア(墜落)で命を落とし傷ついた人びとや、その親類縁者のみなさんに思いを寄せながら、悲しみに胸が潰れるような気持ちで縁談に立っています。アメリカ国民のみならず、全世界の何百万という人びとの上にのしかかるこの深い悲しみを理解できない者がいるとすれば、それはよほどの愚かか、あるいは無神経な人たちでしょう。アメリカ合衆国に対するこのような言語道断の攻撃を受けて、私はみずからの道徳的指針と良心と神の導きを求めずにはいられませんでした。




 9月11日は世界を変えました。

 いま私たちの心は、底の見えない恐怖がまとわりついています。それでも軍事行動が合衆国に対するさらなる同時テロリズムを防止できるとは、私にはけっして思えません。大統領による戦争遂行に議会決議など必要ないことを議員一同承知のうえで、なおかつ私たちはこの武力行使決議を採択するのでしょう。




 しかし、反対投票がいかに難しくとも、私たちのだれかが自制を唱えなければなりません。一歩下がって、今日とる行動の意味をじっくり考えてみよう。それがどんな結果をもたらすか、もっと十分な理解に努めようと、私たちのだれかが声を上げなければなりません。これから行うのは従来の戦争とはちがいます。いままでのような対処のしかたは通用しないのです。




 私はこれが悪循環を引き起こし、手に負えなくなるのを見るに忍びません。今回の危機には、国家安全保障、外交政策、社会の安全対策、諜報活動、経済、そして殺人といった多くの問題がかかわっています。だとしたら、私たちの対応のほうも同じくらいに多面的でなければなりません。




 私たちは結論に飛びつくべきではありません。すでに罪のない人びとがあまりにも大勢亡くなりました。わが国は喪に服しています。もしも攻撃を急いだら、私たちは女性や子供をはじめ、数多くの非戦闘員を戦渦に巻き込む危険を冒すことになるでしょうう。また、残忍な殺人者たちによるあの凶暴きわまりない行為への腹立ちまぎれに、アラブ系アメリカ人、氏スラム教徒、南アジア出身者その他の人びとすべてに対し、人種や宗教や民族を理由とした偏見を煽るようなこともあってはなりません。




最後に、私たちは終結への戦略を限定的な目標ももたずに泥沼の戦争をはじめないよう注意すべきです。過去の過ちをくり返してはなりません。1964年、連邦議会はシンドン・ジョンソン大統領に対し、敵を撃退してさらなる侵略を食い止めるため、「必要なあらゆる手段をとる」権限を与えました。それによって本議会は憲法上の資格を放棄し、長年にわたるベトナムの戦線布告なき戦争へと国の進路を誤らせたのです。




 そのとき、トンキン湾決議に反対したわずか二人の議員の一人であるウェイン・モース上院議員は次のように言明しました。「歴史はわれわれが合衆国憲法をくつがえし、骨抜きにする、将来世代の人びとが、いままさに歴史的過ちを犯そうとしているこの連邦議会を、当惑と大いなる失望をもって振り返るであろうことを、私は信じるものです」




 モース条上院議員は正しかった。

 そして私たちも今日、同じ過ちを犯そうとしているのではないでしょうか。私はこの結果が心配です。その投票については本当に思い悩みました。けれども今日、ワシントン大聖堂における痛ましくも美しい追悼ミサの中で、気持ちが固まりました。牧師の一人がいみじくもくお語られたのです。

 「行動に際しては、それを受けて自分が嘆くような悪をなすことはやめようではありませんか」とー。




 議会でも孤立し、9.11同時テロで国内が騒然となり、就任したばかりのブッシュ大統領はアルカイーダのテロと断定して、2001年10月6日にはB-2爆撃機が米本土を出発、10月7日にはブッシュ大統領が上記9月14日の議会決議を背景に、テレビ演説でアフガニスタンへの武力行使を発表しました。これはアルカイーダを匿っているというアフガニスタンから軍事力で排除するとしてアフガン戦争がはじまった。

 そして勝利を勝ち取ると、”世界でテロを擁護している国=悪の枢軸国(イラク、イラン、北朝鮮)として、この三国を非難し、大量破壊兵器を所持しているとしてイラク戦争をはじめた。

 しかし、現在アメリカの裁判所で”イラクが大量破壊兵器を所持しているという情報はブッシュ大統領も了解していた?”情報操作”だったとの証言がなされている。




 こうした狂乱状態といった戦争支持の雰囲気の中でのリー氏の反対討論には、本人自身の大変な勇気と良心に基づく行動規範で自分を制御できる強さが感じられます。

 私には多分まねもできないでしょう。

 だから、そうした”狂乱状態”になりそうな兆しが見えたら、いち早くその”芽をつむ”よう努力しなければならないと常日頃思っています。



長くなってしまったので、内容紹介はまた次にしたいと思います。




再見!!
【2006/04/18 04:47】 | 日中交流 | トラックバック(0) | コメント(0)
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いつもチャレンジし続けたい取手市在住のおじさんです。お問い合わせ等はEmail:m3to51@hotmail.co.jpにお願いします。

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